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大阪地方裁判所 昭和60年(ワ)4489号 判決 1987年8月27日

参加人

仙野恵二

右訴訟代理人弁護士

山之内幸夫

脱退原告

佐藤和彦

被告

茨木市

右代表者市長

重富敏之

右訴訟代理人弁護士

中山晴久

石井通洋

高坂敬三

夏住要一郎

間石成人

主文

一  参加人の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は参加人の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、参加人に対し、別紙物件目録記載の各土地(以下、「本件土地」という。)を明渡せ。

2  被告は、参加人に対し、昭和五九年四月九日から第一項の明渡ずみまで一か月三八万五〇〇〇円の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  第一項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1(一)  本件土地(但し、見付山一丁目三二〇番六四及び同番六五は分筆前同番六〇)はもと訴外住宅営団(以下、「営団」という。)が所有していた。

(二)  その後、本件土地は、昭和三三年八月八日、営団から訴外福田了三(以下、「福田」という。)に、昭和三六年一一月一一日、福田から訴外田中先市(以下、「田中」という。)に、順次売買され、その旨の登記を経た後、更に、昭和五五年ころ田中から訴外綿野侊宏(以下、「綿野」という。)に売買された。

(三)  訴外金田幸雄(以下、「金田」という。)は、訴外三和建設株式会社(以下、「三和建設」という。)に対し、昭和五五年ころ、弁済期を三か月ないし四か月先として七〇〇万円を貸付けた際、三和建設の代表取締役である綿野との間において、右貸金債務の弁済期が経過したときは、金田に対し、右債務の弁済に代えて綿野所有の本件土地所有権を移転する旨の合意をした(以下、「本件代物弁済の予約契約」という。)。

三和建設は弁済期が経過しても右債務の支払をしなかつたので、金田はそのころ予約完結の意思表示をして、本件土地の所有権を取得した(但し、登記簿上は、昭和五五年四月一六日付売買を原因とする田中から金田への移転登記をした。)。

(四)  その後、本件土地は、昭和五九年四月九日、金田から脱退原告佐藤和彦(以下、「佐藤」という。)に売買され、その旨移転登記がなされた後、昭和六〇年五月三〇日、佐藤から参加人に順次売買された(但し、登記簿上は真正な登記名義の回復を原因として移転登記をした。)。

2  被告は、昭和五九年四月九日以前から本件土地を道路として占有している。

3  本件土地の昭和五九年四月九日以降の相当賃料額は、一か月三八万五六九八円である。

よつて、参加人は、被告に対し、各所有権に基づき本件土地の明渡を求めるとともに、不法行為による損害賠償請求権または、不当利得返還請求権に基づき、昭和五九年四月九日(金田から佐藤に売り渡された日である。)から右明渡ずみまで一か月三八万五六九八円の割合による金員のうち、一か月三八万五〇〇〇円の割合による金員の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1(一)の事実は認める。

同1(二)及び(三)の各事実のうち、参加人主張のとおり登記手続がなされたことは認めるが、その余の事実はいずれも否認する。

2  同2の事実は認める。

3  同3の事実は否認する。

三  抗弁

1  所有権所得・背信的悪意

(一)(営団からの贈与)

本件土地は、営団が本件土地付近一帯の土地を造成する際に道路として区画した部分であるところ、営団が、昭和二一年ころ、閉鎖機関に指定されるに伴い、その資産を処分するため、昭和二八年一〇月ころ、被告に寄付を申し入れ、被告は承諾した。

(二)(時効取得)

被告は、昭和二八年一〇月ころ、本件土地の占有を開始し、昭和四八年一〇月末日の経過により本件土地を時効取得したものであつて、本訴において時効を援用する。

(三) 金田、佐藤及び参加人の背信的悪意

金田、佐藤及び参加人は、いずれも、被告が時効取得した後に本件土地につき所有権移転登記を取得したものであるが、すべて背信的悪意者であつて、被告に対して、その所有権取得を対抗し得ない。

すなわち、金田は綿野との間において、本件土地につき本件代物弁済の予約契約を締結する際、また、佐藤及び参加人は本件土地を売買契約により取得する際、いずれも本件土地が現況道路敷であり、被告が公衆用道路として永年維持管理してきたものであることを熟知しながら、被告が所有権移転登記を取得していないことを奇貨として、被告に明渡しあるいは買収を求める目的をもつて、本件土地を取得したものである。

2  権利濫用

(一) 明渡請求について

(1) 本件土地は、昭和二八年ころより、被告が公衆用道路として整備し維持管理してきたものであつて、本件土地には、上下水道管、ガス管、電柱等地域住民が生活を営む上において必要不可欠な物資を供給するための各種構造物が設置されており、被告が本件土地を明渡した場合、道路として利用する多数の一般市民が多大の損害を蒙る。

(2) 参加人は、本件土地が道路敷であつて、被告が右(1)のように維持管理してきた事情を熟知し、本件土地がもはや正常な不動産取引の対象とならず、また、将来宅地として使用することも不可能であることを十分承知の上、単に被告に対して、明渡あるいは買収させて利益を上げる目的のみにより取得したものである。

(3) 本件土地は、昭和一〇年代後半、営団が道路として区画して以降、公衆用道路として使用されていたところ、昭和五八年一二月ころ、金田及び佐藤が被告に対して買収等を要求するまで、営団はもちろん福田や田中らの本件土地の旧所有者らは、公衆用道路として利用されることについて異議を述べたり、対価を要求することなく容認してきた。

このような事情の下においては、参加人の本件土地明渡請求は権利濫用である。

(二) 不法行為による損害賠償請求または、不当利得返還請求について

本件土地に関する被告の使用は、本件土地所有者の利益を含む公共の利益に合致しており、何人の利益も損なうものではないから、被告の占有は違法ではなく、また、被告に利得は存しない。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1(一)の事実のうち、営団が閉鎖されるにあたつて、被告に対して、本件土地の寄付を申し出た事実は認めるが、被告がその寄付を承諾した事実は否認する。

同1(二)の事実のうち、被告が昭和二八年一〇月ころから本件土地の占有を開始した事実は知らない。

同1(三)の事実のうち、金田、佐藤及び参加人が、本件土地につき登記を取得した事実は認めるが、その余の事実は否認する。

2  同2(一)(1)の事実のうち、被告が本件土地を公衆道路として維持管理してきた事実及び本件土地に各種構造物が設置されている事実は認めるが、その余の事実は否認する。

同2(一)(2)の事実は否認する。道路敷であるからといつて、不動産取引の対象とならないことはない。

同2(一)(3)の事実のうち、営団が本件土地を道路として区画した事実、及び、佐藤が被告に対して、買収等を申入れた事実は認めるが、その余の事実は知らない。

同2(二)の事実は否認する。

五  再抗弁

被告の本件土地についての占有は、「所有の意思」がなく、他主占有である。

1  被告は地方公共団体であつて、その財産の状態を明瞭にしておく必要があるにもかかわらず、本件土地の占有を開始して以降、あるいは、時効取得したと主張する昭和四八年一〇月末日以降も、本件土地について所有権移転登記を取得することなく永年放置してきた。

2  被告は、本件土地について宅地として課税処分をしてきた。

六  再抗弁に対する認否

1  再抗弁1の事実は認める。

2  同2の事実は否認する。

第三  証拠<省略>

理由

一請求原因について

1(一)  請求原因1(一)の事実は当事者間に争いがない。

(二)  同1(二)ないし(四)の事実のうち、参加人主張のとおり各移転登記手続がなされていることは当事者間に争いがなく、<証拠>を総合すると、同1(二)ないし(四)のその余の事実を認めることができ、これを覆えすに足りる証拠はない。

2  同2の事実は当事者間に争いがない。

二抗弁1について

1  時効取得について

(一)  <証拠>を総合すると、被告が昭和二八年一〇月ころから今日に至るまで本件土地を占有してきた事実が認められ、抗弁1(二)のその余の事実は当裁判所に顕著である。

(二)  次に、再抗弁(他主占有)について判断する。

(1) 再抗弁1の事実は当事者間に争いがない。

(2) 同2の事実につき、証人佐藤は、被告が本件土地について課税をしていたと証言するが、<証拠>に照らし、右証言をたやすく信用することはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

<証拠>を総合すると、以下の事実が認められる。

イ 本件土地は、営団が本件土地付近一帯を造成する際に、道路として区画したものであり、昭和二一年に営団が閉鎖機関に指定されるに伴い、営団は、同二四年、同二五年及び同二八年の三度にわたり、本件土地を含む道路及び緑地を被告に寄付する願いを申し出た。

ロ 一方、被告は、昭和二七年五月三〇日、本件土地のうち別紙図面黒斜線部分を市道中穂積中部線の一部として認定し、以降、名称は変更したものの、現在に至るまで、右部分以外の土地を含めて、公衆用道路として舗装、補修、あるいは、上下水管の埋設等維持管理してきたもので、従前、被告の維持管理に何ら異議を受けたことはなく、金田の代理人である佐藤が昭和五八年一二月ころから、本件土地の買収等の要求に対しても、被告は、営団からの寄付あるいは時効取得による所得権の主張をしてきた。

以上のとおり、認められる。

右事実からすると、被告が永年登記を取得しないで放置していたとしても、その一事をもつて被告の占有が他主占有であると認定することはできず、他に被告の他主占有を認めるに足りる証拠はない。

2  背信的悪意

同1(三)の事実のうち、金田、佐藤及び参加人がいずれも、被告が時効取得した後に、本件土地につき登記を取得した事実は当事者間に争いがない。

以下、金田、佐藤及び参加人が背信的悪意者であるかどうかについて判断する。

(一)  金田について

証人金田の証言によると、金田は、金融業者であるところ、昭和五五年四月ころ、金田にとつては初めての取引相手である三和建設に対し、七〇〇万円を貸付け(以下、「本件貸付」という。)、その際三和建設代表取締役である綿野所有の本件土地について、その登記簿謄本、前所有者である田中の印鑑証明及びその他の書類を確認した上で、右貸付債務の担保として、本件代物弁済の予約契約を締結したが、右返済がなされなかつたことから、右弁済に代えて本件土地を取得したことが認められる。

ところで、<証拠>によると、これらの書類は、金田が本件土地につき登記申請をした際に提出されたものであつて、そのうち、同号証の五はその際に添付された評価額証明書であると認められるところ、右証明書は昭和五五年四月一七日に発行されており、その発行時期は本件貸付時期と符合する。金田は、本件代物弁済の予約契約を締結する際に、本件土地に関する書類を確認したのであるから、その中に当該証明書も含まれていたと推認される。そして、乙第三三号証の五には、本件土地の現況地目が道路敷であり、かつ、非課税とされている旨記載されているのであるから、金田は、貸付の際に本件土地が道路敷であることを知つていたと認めることができ、右認定に反する証人金田、同佐藤の各供述部分は、前掲各証拠に対比すると信用し難く、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

一般に、金融業者が貸付をする際、その貸金の回収を図るため、担保物件が如何なる価値を有しているかは重大な関心事であつて、特に、右認定のとおり、本件貸付は金田と三和建設との初めての取引であり、金田が、乙第三三号証の五により現況地目が道路敷であることを知れば、本件土地が貸金に見合う価値を有するものであるか否かを貸付の際に、さらに調査したことは容易に推測される。現に、証人金田及び同佐藤の各証言によると、金田は佐藤に対して、本件土地の調査を依頼していたことが認められ(右各証言中には、調査を依頼したのは貸付の後である旨の供述部分があるが、右供述部分は信用できず、前記認定事実によると、本件貸付前に調査を依頼したと認定できる。)、したがつて、金田は、佐藤の調査により、本件土地が道路敷であることにとどまらず、被告が本件土地の一部を市道としてまた、その余の部分も永年公衆用道路として維持管理し、すでに時効取得をしていることを知つていたと推認できる。

このように、金田が、本件貸付の際に以上の事実を知つていたにもかかわらず、本件土地を貸付金に見合うものとして本件貸付をしたのは、証人佐藤及び同郡の証言により佐藤を代理人として、被告に本件土地の明渡あるいは買収を執拗に要求していることが認められることから明らかなとおり、被告が本件土地につき登記を有していないことに乗じて、右要求により利益を上げうると判断したからであると推認するほかない。

右認定に反する証人金田及び同佐藤の証言部分は、以上検討したところに対比すると信用することはできず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

(二)  佐藤及び参加人について

<証拠>を総合すると、以下の事実を認めることができる。

イ 佐藤は、金田が三和建設に本件貸付をした昭和五五年ころ、不動産調査の仕事に従事していたところ、右貸付に際し、金田からの依頼により本件土地を調査し、その現況等を同人に報告した。そして、佐藤は金田の代理人として、昭和五八年一二月ころから、被告に対し、本件土地の明渡あるいは買収を要求して交渉を続けた。これに対して、被告は、本件土地は営団から寄付を受けたものであり、また、そうでなかつたとしても時効取得したものであるから、右要求には応じることはできない旨明確に回答した。

ロ そのような状況のもとで、金田は、佐藤に対し、本件土地を買い受けて被告と交渉して欲しい旨申し入れた。佐藤は、当時本件土地が宅地であれば、三億円以上の価値があると考えていた。そこで、佐藤は、昭和五九年四月九日に、金田から本件土地を九〇〇万円で買受けたのであるが、その当時、佐藤は参加人の経営する株式会社大証の従業員であつた関係から、参加人に本件土地が宅地であれば三億円以上の価値がある旨説明し、参加人との間で、佐藤の交渉により被告に買収させる等に成功すれば、その利益を折半する約定をし、佐藤の買受け代金全額を、参加人に出捐してもらつた。

ハ そして、佐藤の資産整理に伴ない、同人は、昭和六〇年五月三〇日、代金の出捐者である参加人に本件土地の所有権を移転し、参加人は、真正なる登記名義の回復を原因として登記を取得した(右登記については、前記のとおり当事者間に争いがない。)。

以上のとおり認められる。

右事実によると、佐藤は、金田の依頼により本件土地の調査をしたころ、不動産調査の仕事に従事していたのであるから、本件土地の現況が道路敷であることのみならず、被告が一部を市道として、また、その余の部分も公衆用道路として永年維持管理してきたものであることを知つていたことは明らかであり、また、被告との買収等の交渉の過程において被告はその要求を明確に拒絶していたのであるから、本件土地が通常取引の対象とはならないことを熟知していたものである。それにもかかわらず、佐藤が本件土地を買受けたのは、被告に登記がないことを奇貨として、被告に買収させて利益を上げることのみを目的としたものと推認される。

また、参加人は、前記認定のとおり、佐藤との関係、及び、佐藤の買受け代金を自己が出捐したのであるから、佐藤が金田から本件土地を買受ける際に、本件土地の現況及び被告との交渉経過の説明を受けていると考えられ、本件土地が宅地ならば時価三億円以上である旨聞いていたのに、代金として九〇〇万円しか出捐していないこと、本件土地を取得するにつき、被告に買収させることに成功したならば、佐藤と利益を折半する約定があつたことを考え合わせると、本件土地が道路敷であつて、被告が一部を市道としてまた、その余の部分も公衆用道路として永年維持管理してきたものであるのに、被告が登記を有していないことを奇貨として、本件土地を取得したものと推認できる。

証人金田、同佐藤及び参加人本人尋問の結果のうち、右認定に反する部分は、以上に検討してきたところに対比すると、信用できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

以上のとおり、金田、佐藤及び参加人はいずれも背信的悪意者であつて、被告に対し、所有権取得を対抗しえないとみるのが相当である。

三結論

以上の事実によれば、本訴請求は理由がないから、これをいずれも棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官河田貢 裁判官浅野秀樹 裁判官橋本真一)

別紙物件目録

一 茨木市見付山一丁目三二〇番六四

宅地 113.5平方メートル

二 右同所一丁目三二〇番六五

宅地 1137.65平方メートル

三 右同所二丁目二八一番七

宅地 546.71平方メートルのうち別紙図面<省略>赤斜線部分を除いたもの

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